「ボリビアを出ることに決めました。」
とりあえず、契約の切れる4月上旬、でも休暇がたぶんあるので、3月いっぱいくらいまでかな。 もちろん、なにかあれば、決断が変わるかもしれませんが。
内心はいろいろあって、精神的には結構苦しんでます。でも、迷ってる、とか、揺れてる、とかそういうのではないんです。行き着くところまできてしまったので。
苦しい訳は、5年前の経験とリンクしているから。そのときの苦しい気持ちをまた生きているから、みたいな。
5年前、はじめてユニセフで仕事をしてたときに、契約が切れる前に、内部でいろいろ仕事を応募していたのだけれどもなかなか決まらず、最終的にはもう契約が切れる、というときにそのときの上司に相談したら、「フランス語できる?」と言われたことが思い出されて。(フランス語のできる子どもの保護官が少ないので) 彼は私がフランス語できない、って知ってたのに。 彼は忘れていたのかもしれないけれど、それにとても傷ついて。彼とはとてもよいチームで、彼が仕事をしやすいように文句も言わず、いろいろやっていたのに、なにも助けてくれず、とても裏切られた気分になった。
結局そのまま日本に帰ったという。
それまで、仕事を探している人たちにはいつも親切にしていたし、いろいろな情報をあげたりしていたのに、実際に私が助けを必要としていたときには誰も助けてくれない。それなのに、外から来る人たちには仕事をあげたりしているオフィスの人たち。
それが一番つらかった。
私って嫌われているんだわ、とか、私って一緒に仕事しにくい人だから、とか自分をひどく責めたりした。(実際にそうなのかもしれないけど)
もうこのまま国連とも、子どもの権利の仕事もできないだろうとおもっていたその後の3年間。
これ以上ない、というくらい惨めだった。
何がつらかったって、何をやろうとしても扉が閉ざされること。
どうしてこんなに優秀なのに派遣なんかで働いているんですか、と聞かれること。
ただ、いろいろ考えずに、日々出来ることをやっていた。
そうこうしているある日、天から落ちてきたようなチャンス。また子どもの権利のために働ける! でも、ポジションは前よりも低く、待遇もものすごく悪い。
数年前に、元ユニセフの人事部長だった人から言われた言葉が頭をよぎる。
「絶対に勧めない。普通のオフィサーと同じ仕事をこの待遇でやるなんて。長くは続けられないわよ。」
これ以外にチャンスはないだろうともおもった。自分を安売りしたら、どうなるかくらいわかってるけれど、他にどうすればというのもなかった。ただ、こどもたちのために仕事ができればいいとおもっていた。
だから、こんな状況になったのは自業自得なのかもしれない。
だって、私には私の人生があって、自分のことは自分で大事にしなければいけないのだから。 自分が健康で幸せでいるために最低限の生活を送ろうと思うのは当たり前だし、大切なこと。それをないがしろにして、他人のためになんて、勘違いも甚だしい。
ボリビアに来てそれがよくわかった。 今では、
- 少年法のプロとして生きていけるだけのスキルがついた。
- チリで仕事をしていたときよりもスペイン語がうまくなり、いまではまったく不自由ない。
- 私の仕事のスタイルが認められて、オフィスがピンチだったときに声がかかって、問題解決できた。
- 卵巣膿腫の手術を受けて健康になった。
でも、もともと来たときの目的であった、
良い上司に恵まれ、マネージメントの修行をする、
というのは、ここではもうありえない。今の上司にそんなスキルはないし、インターナショナルの上司は来ないことに。
今恐れているのは、今後、
どこにも行く場所がないのでは、
簡単に仕事がみつからないのでは、
と、お金の問題
でも、もう派遣では仕事はしないし、自分を安売りもしないと固く心に決めた。
私は、もう前の私とは違う。だから大丈夫。
フランス語だってできるようになったんだし。(そのときの痛い経験に感謝して!)
それだけでもすごいこと!